クマ坊の日記

人材育成と本とサッカーが中心のブログです

自己実現の誤解

2000年に入る少し前に、自由と自己実現というキーワードが流行ったことがあります。バブルが弾けて終身雇用が崩れつつあり、その一方で成果主義が各社で導入されるようかという時代でした。今までは企業の命じるがままの働き方だったけど、これからのビジネスパーソンは自分で自分のキャリアを築いていくんだぜーという内容でした。20代だったクマ坊もあまり深く考えずにその考えに共感していました。無知というのは恐ろしいものです。今日はモチベーションについて考えてみたいと思います。

 

目次

 

マズローの五段階欲求説

動機づけの理論で最も有名なのはマズローの五段階欲求説です。

人間の欲求は五段階のピラミッドのように構成されている。低階層の欲求が満たされると、より高い階層の欲求を求めるというものです。この五段階はとても納得しやすい構造になっています。一番下から生理的欲求、安全欲求、他者からの承認欲求、そして最後が自己実現欲求です。でも、この分かりやすさが実は曲者でした。

 

自己実現と承認欲求には深い谷間がある

クマ坊は、「自由と自己実現」という甘美な響きに強く惹かれました。入社4、5年目でまだ何ものでもなかった時に、「自分は会社の為じゃない、自己実現の為に仕事してますから」と語っていました。恥ずかしい💦 いやかなり痛い💦

 

実はこの自己実現という定義はかなり曖昧だったんですね。この説を唱えたマズロー先生はしっかりとした定義を持っていたのですが、「自己実現」の言葉のイメージが拡散して、様々に勝手に定義されました。

 

当時の私は、仕事を通して何か非常に大きな感銘を受けたり、感動を受けることを自己実現と考えていました。休みの日にアルプスを登山して感動したり、横浜F・マリノスの痺れるような試合を見た時に鳥肌が立つのと同じような感動を仕事でも得ることだと信じていました。

でも、マズロー先生からすれば前述したような経験は自己実現とは呼んでいませんでした。これらは、ピーク経験に過ぎないと定義していました。この事を私が知ったのはずっーと後のことでした。

 

ピーク経験は至高経験とも呼ばれますが、「何かに驚いたり、幸福感に満ち溢れたりするもの」です。

 

では、五段階の最上階に位置する自己実現とはどんなものなのでしょうか?マズロー先生は、自己実現の例としていくつか人物の例をあげています。リンカーンニーチェワーグナー・・・ みんな偉人ですよ。歴史の教科書に出てくる人達ですよ💦

つまり、自己実現とは自分の生涯をかけて捧げるものなんです。だから自己実現は下位の欲求を段階的に充したからといって獲得できるものではないんです。また、自己実現したからと言って幸せになれるかというと微妙でもあります。偉人って生きてる時は不遇の人も多いですから。

つまり、自己実現って簡単に語れるようなものではないんです。マズロー先生は「自己実現は動機づけの問題ではなく、発達の問題」だと言っいます。

動機づけ理論じゃないんかい!一言で言えば、承認欲求と自己実現には暗くて深ーい谷があるんです。

 

勘違いしていて良かった

私はマズロー先生の「自己実現」を都合のいいように解釈していました。でも、その事によって自分の働き方に意味を持たせることができました。もし、初めからマズローの五段階欲求説を正しく理解していたら、同じように努力していたか甚だ疑問です。このことはとても重要なことを示唆しています。知っていることが時には障害になることもあるって話です。無知はある意味幸せだけど周囲を不幸にすることもあります。

知っていることは一見素晴らしいように見えますが、頭デッカチになっては自分で自分の可能性を奪うようなものです。何ごともやってみることで知識が知恵へと昇華される。

 

一周回ってみることで、見える景色もあるんですよね。