クマ坊の日記

人材育成と本とサッカーが中心のブログです

異動の内示がでました

私ごとですが異動の内示がでました。年始のブログでも書いた通り異動の予感はありましたが、異動の希望を叶えるために3年間用意周到に準備してきました。初めて自分の異動に関して社内調整に奔走しましたが上手くいってホッとしました。

 

目次

 

異動を希望した理由

私が異動を希望するのには、公私両面での理由がありました。プライベートでは娘が幼稚園を卒園して、小学校に入学するというのが最大の理由です。娘には転校の経験はさせたくないと考えていました。仕事面では新たな刺激を欲していました。今の職場は居心地がいいです。メンバーとは阿吽の呼吸で仕事ができるし、お客様とも良い関係性を構築できている。業績も右肩上がり。ただ自分的には現在のポジションでやりたい事は全てやり尽くした感がありました。私はまだ45歳。最低でも70歳まで働くことを考えると、未知なる経験を通して更なる成長を促したいと考えていました。

 

異動の難しさ

サッカーでも勝っている時は、メンバーを変えないのがセオリーです。企業の目的の一つが利潤の追求であれば、業績を上げているからこそ異動させずらいという側面もありました。特に直属の上司からすれば出したくないというのが本音だよなとは感じていました。

 

3年前から根回しを始めた

幼稚園は3年間通わせたかったので、早く異動しても駄目。かと言って遅すぎても駄目という難しいタイミングでした。福岡に来てから7年たつのでもう少し早く異動になるかなとも覚悟しましたが、できる限りの根回しをしました。

 

社長や役員にやんわりと呟く

経営陣が来福する際、夕飯を一緒にすることがしばしばあります。その時にプライベートの話にも及ぶので、「幼稚園はこっちで卒園できたらいいんですけどね。。。」と呟き続けました。情に訴えるという奴です。意外にこの呟きは効果がありました。

 

業績と育成

数字を上げれないと交替させられますので業績は強く意識しました。また、私がいなくなってからも来年度の部門業績が落ちないように、昨年は例年以上に働きました。そのおかげで早々と来年度の業績の目処も立ちました。また、私の後任も3年間で育成しました。優秀だから勝手に育ってくれただけですが。能力的にも人格的にも信頼に足る人物です。何より現場のメンバーから信頼されているのが1番です。あらゆる機会で私はその部下をアピールしました。私がいなくなっても大丈夫感を感じてもらえるよう意識しました。

 

引っ張ってもらう

私が異動を希望しても、肝心の異動先のポストが開かななければ絵に描いた餅になります。1年前から引っ張ってもらう先には根回ししていました。社内で私が最も尊敬できて信頼できる上司に相談していました。結果的にはその上司は新たな部門の総責任者。私はその人の後釜に入いる形にもなりました。より専門性が求められる部門なので挑戦のしがいがあります。

 

請われて異動するのが理想

異動する際は、受け入れ先からラブコールを受けて異動するのが美しい姿だと思います。もちろん自ら手を挙げてポジションを獲る方法もありますが、ちょっと足元見られる感じもします。調子が悪くなると、簡単にポジションを失いますしね。

 

しかし、肝心の異動は7月

希望は叶ったのですが、7月1日での異動になります。小学校は4月からスタートするので、妻と娘を一足先に東京に帰します。異動の希望が叶っても叶わなくても先に2人を返すことは決めていました。だから、3ヶ月間は単身赴任。寂しいですが、逆に1人の時間を満喫したいとも考えています。