クマ坊の日記

人材育成と本とサッカーが中心のブログです

OH HAPPY DAY!

目次

 

初めての転勤は20年前

初めての転勤はもう20年前。赴任地は杜の都の仙台でした。赴任したのは4月だったのに、雪が降ったのを覚えています。当時、私は入社3年目。少しづつ仕事にも自信がついてきたので、異動が決まった時はショックでした。

仙台は小さな事務所でした。私は7月に定年退職するベテランの後釜として配属になりました。まだベテラン社員は辞めていなかったので、最初は事務所に席がありませんでした。三カ月ぐらいパイプ椅子生活だったのが懐かしいです。もっとも当時はあまりに雑な扱いだったので憤っていました。

 

ゴスペルとの出会い

仕事もあまりなく暇でした。6時には退社し、初めての1人暮らしを謳歌していました。ただ三ヶ月もすると流石に飽きてきます。そんな時、事務所に1枚のFAXが送信されてきました。「会社が終わったら、この場所に行くように!」と地図と一緒に記載されていました。行ってみると、ゴスペル教室。始めは先輩の顔を立てて見学だけだと考えていました。なんたって学生時代は音楽2の私ですから。しかし思いとは裏腹に、「男性の人数足りないから。これ楽譜」とすぐに練習に参加することに。練習が終わった後はなし崩し的に飲み会に。

モテ期

お酒の勢いもあり、「クマ坊、ゴスペル入会します!」宣言。その日から、ゴスペラーズの一員としての活動がスタートしました。週2回仕事終わってからの練習と飲み会でした。メンバーは老若男女。男性では当時最年少だったので、チヤホヤされました。振り返って見ればあれがモテ期というやつだったんですね。

モテキ

モテキ

 

 

思い出のステージ 

練習してはあちこちでライブを行いました。小学校やライブホール。定禅寺ジャズフェスティバルにも参加しました。一番の思い出は、12月の一番町での点灯式で歌ったこと。一番町は仙台の繁華街。毎年、冬にイルミネーションを開催します。みんなで、声が揃ってハモれた時は最高な気分でした。多勢の聴衆から拍手を頂いた時は鳥肌だったな。

 

今は妻と娘が聞いている

今はもうゴスペルはやっていません。ドライブしている時に機嫌がいいと、OH HAPPY DAYを口ずさみます。娘はそれを聴きながら大笑いしています。

あの時、ゴスペルに出逢わなければ音楽2の私がこの唄を口ずさむことはなかったでしょう。人生は不思議な巡りあわせで満ち満ちていますね。